アメリカと日本ってつくづくちがうなってことは山のようにあるが(あたりまえか)、似ているようで全然違うのが都市の大きさ(人口)に対する感覚。実はアメリカの大都会って何百万人もいるのはLA,シカゴあたりまでであとは日本になじみが深い都会といっても意外なほど人口は少ない。たとえばサンフランシスコは7,80万人、イチローマリナーズですっかりおなじみになったシアトルは50万人台である。ヤンキースを打ち負かすれレッドソックスのボストンは100数十万、札幌よりはるかに少ない。
しかしである、この都市の人口にまどわされてはいけない。視点をかえてそのまわりの都市(日本でいう衛星都市ではけっしてない。いずれも独立性高し、東京と多摩地区の関係でもない)含め「経済圏」という見方をすると一気にシアトルは400万人、サンフランシスコ(いわゆるベイエリア)は500-600万人規模に膨らむ。日本はせっせと町村合併を進めており小さな町はどんどんなくなっているがの現状であるがアメリカはがんとして昔からのコミュニティをベースとした「まち」がしっかり個性を発揮して存在している。ベイエリアではSFからサンディエゴまでいくつもの町や小都市がつながって地域が形成されているがパロアルトはパロアルトだし、マウンテンビューはマウンテンビューでしっかり特徴を維持して誇り高い住民がそれを守っている。よく「今度の出張はどこにいくのですか」と聞かれて「パロアルトです」といってもわかりにくいのでSFのほうですとかいうと、そこはSFの郊外のベッドタウンですかといわれるがちょっと感覚は違うような気がして違和感を覚えた。

このあたりを解くカギはコミュニティ。大都会の郊外のちいさな町でも自治意識がしっかり根付いており住民投票の制度などがちゃんと機能している。町の行政の方針(たとえば予算配分で教育重視なのか老人福祉なのかの選択、または工場の許認可や誘致など町の方針を決めるような場合)にはきちんと住民(市民)の考えが反映され明確に町の特徴が出る仕組み。お上のお達しで合併なんてありえないのだ。
地方の衰退が言われて久しいが地域・地方を活性化させるには何が必要なのかというヒントがこのあたりにあるような気がする。